トルクメニスタンを起点にした各種パイプライン図 参照:http://www.iranreview.org/content/Documents/TAPI_Pipeline.htm |
またこの二国間による航空貨物輸送協定は昨年5月にイラン、インド、アフガニスタンの3ヶ国間で締結されたイラン・チャバハール港のインドに対する使用許可及びインド資本による同国のインフラ開発の協定を補足するものとなります。インドのイランに対する積極投資は経済特区SEZの設置と合わせたチャバハール港の港湾開発のみならず、イランの南北1,300kmを鉄道で結ぶ「南北経済回廊」を含むものとなり、中国の「一帯一路」構想に対抗するものとなります。合わせてインドはイランの石油・天然ガス分野に対する大型投資を行う旨を発表し、また、昨年末においては印モディ首相による中央アジアツアーが実施され、キルギスタンや上述タジキスタン等に対し、投資促進含む経済協力や安全保障協力の協定が締結され、インドにとって戦略地政学上、重視するアフガニスタン及び中央アジアとの関係を深める動きが始まっています。
インドのイランにおける「南北経済回廊」概要 参照:http://www.livemint.com/Politics/pI08kJsLuZLNFj0H8rW04N/India-commits-huge-investment-in-Chabahar.html |
TAPIプロジェクト図(緑で塗り潰された地域がタリバンの支持基盤となるパシュトゥーン人居住地域) |
2019年に建設終了が予定されているTAPIは、約30年間に渡り、年間ガス輸送能力は330億立方メートルを送る世界最大規模の天然ガスの輸送パイプラインとなり、四カ国間での交渉役をアジア開発銀行ADBが一部担うことで複雑な利害関係を乗り越え、南アジアのエネルギー不足を解消し、地域に平和と安定をもたらすことになるでしょう。
IPI(IイランPパキスタンIインド)のパイプラインやTUTAP(TトルクメニスタンUウズベキスタンTタジキスタンAアフガニスタンPパキスタン)の電力送電線の建設計画も合わせて進められており、中央アジアからアフガニスタンを経由し輸送されるこれら合同プロジェクトはインドがパキスタンに対して大規模な軍事的攻勢に打ち出ることの出来ない一つの要因となり、中国はその状況下、インドとアフガニスタン、イランの間に位置するパキスタンを「一帯一路」構想における最重要国とすることで、中パ経済回廊CPECを建設し、また永世中立国であるトルクメニスタンをユーラシア経済連合の拡大路線に乗せたいロシアに対し、CPECの出口に当たるパキスタンのグワダル港の共同港湾開発という形で南アジアでのパートナーとして迎え入れました。ロシアはパキスタンのグワダル港以西のインフラ構築を行うことを既に表明しております。
しかし、この印パによるエネルギー・インフラ構築プロジェクトにも大きな障害が立ちはだかります。それはアフガニスタンの安全保障問題です。19世紀、英国領インド帝国の支配下に置かれた現アフガニスタンは三度に渡る独立戦争を経て、1919年に英国より独立を果たしたものの、その地政学的な要因から他国や多民族から多くの干渉を受けて来ました。20世紀の冷戦時においては、社会主義の拡大を狙う旧ソ連から度重なる侵攻を受け、1979年には軍事介入がされる「アフガニスタン侵攻」が起こります。旧ソ連の撤退以降も内戦が長く続き、タリバンの台頭を許し、1996年には首都カブールを制圧、その後、国土の約9割を掌握しました。
2001年に起きた米国同時多発テロ以降、米英等による軍事行動が実施され、北部同盟がアフガニスタンを奪還、その後和平プロセスを経て復興が為されています。一方、山岳地帯を中心に引き続きタリバンの活動拠点となり、また、英国からの独立時にアフガニスタンとパキスタンに分断されたパシュトゥーン人の居住地域の政情不安を引き起こし、それら地域を通過するTAPIプロジェクトは厳重な警備のもと慎重にその建設工事がされており、工期に遅れが発生しています。この観点からインドのエネルギー不足は今尚解決しておらず、ロシアに触手し、資源が豊富な中央アジアとの関係を深めるのは当然の動きと言えるでしょう。
中国の新疆ウイグル自治区に隣接するアフガニスタン「ワハーン回廊」 参照元:http://project-himalaya.com/trek-wakhan.html |
中国にとってもアフガニスタンは戦略上重要国家となります。それはアフガニスタン北東部、中国との国境沿いにあるワハーン回廊の治安問題が顕在化しているためです。新疆ウイグル自治区に隣接する同回廊を伝い、イスラム過激派の流入を恐れる中国は経済の安定が治安の正常化をもたらすという概念のもと、アフガニスタンに対する積極的な投資を行い始めました。中印で対立するパキスタンのグワダル港とイランのチャバハール港の港湾開発、そしてそれに基づくCPECを中心とする中国の「一帯一路」構想とインドの「南北経済回廊」の競争は最終的にアフガニスタン経済の安定とその貿易含めた外交関係に大きく依存することになります。
アフガニスタンの輸入統計を見ると、中国とパキスタンの高い影響力と、また陸路で隣接されていないインドがその経済関係において中パに大きく後塵を拝している状況を伺い知ることが出来ます。輸送量に制限があるため、インドとアフガニスタンの航空貨物輸送協定は貿易関係の大幅な改善に至らず、インドにおけるアフガニスタン市場アクセスは困難を伴っています。また政治的関与も無視することは出来ません。アフガニスタン復興を主導する四カ国の枠組みであるQuadrilateral Coordination Groupは米国、アフガニスタン、パキスタン、中国で構成されており、インドはその主導権さえ握れておりません。
2016年5月3日のthe Diplomatの記事"Where Does Afghanistan Fit in China’s Belt and Road?"によると、パキスタンと比較すると投資額が小さいものの、今後、中国はアフガニスタンをその「一帯一路」構想に取り込むことを伝えており、経済特区SEZの設置を中心とした経済開発とワハーン回廊を中心としたインフラ開発を行うことで、その経済的影響力を高めて行くことになるでしょう。これら内容を深く分析したものとして、2016年6月9日のthe Diplomatの記事"5 Reasons Gwadar Port Trumps Chabahar"では、アフガニスタン市場アクセスを巡る中国とインドの攻防も、中国の圧倒的勝利に終わるという内容を伝えております。
また、インドの輸入統計を見ると、中国の高い影響力と中東を中心とした資源国への貿易依存が目立ちます。高いGDP成長率を維持するなか、貿易赤字の拡大とエネルギー供給源を確保に苦しむインドは国家戦略上最重要視していたアフガニスタン市場アクセスの政策も振るわず、「メイクインインディア」を中心とした内需の喚起に今後集中していくことになるでしょう。そして、エネルギー問題については中露同盟に依存していくことになり、中国がトルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン等の中央アジアから引いているパイプラインを一部インドに回すことで対応していくことが予想されています。
これは中露が進めるユーラシア経済統合と上海協力機構の協調路線に重なる動きであり、中国の習国家主席は印モディ首相に対し、「一帯一路」構想への参加の呼びかけを行っています。そして、中国主導で進めるAIIBにおいては、提案事業が審議検討段階に入っているなか、インド国内のインフラ開発を多数盛り込みました。これは昨年6月のインド財務大臣による「財源に限界があるなかAIIB融資の活用機会を模索する」という発言と一致し、両首脳間ではインドが中国の「一帯一路」構想に加わるという大筋合意が出来ているものと推測しています。
中国の「一帯一路」構想図 参照:https://www.merics.org/en/merics-analysis/infographicchina-mapping/china-mapping/ |
南アジアはいま大きな変革期のなかにいます。インド一強時代は間もなく終焉を迎え、アフガニスタン市場アクセスは本年をピークに中国が積極投資を開始することになり、中央アジアと南アジアの融合が図られて行くことになるでしょう。そして多くの利害が一致する中露が主導し、インドを支配下に置いたうえで、政治経済の安定秩序が図られ、それは域内においてはSAARCの価値低下に繋がります。カシミール問題に起因する印パの強い緊張関係で延期となったSAARCの次回会合の日程が未だに決定していないなか、上海協力機構には本年、インドとパキスタンが加盟することになっています。中露の包囲網が高まっており、両国に手綱を引かれる形で、南アジアは2017年、極めて厳しい試練に向き合うことになるでしょう。
Afghanistan by Asian Development Bank on Exposure