2016/10/12

ネパール記(7)雨季の終わりを告げるダサインと家族の宗教的価値

 多民族国家であるネパールにおいて、数少ない国民共通の祭事が「ダサイン」であり、それは稲の収穫を迎える9月末から10月上旬にかけて約10日間の日程で行われるヒンズー教徒を中心とした祭りになります。今年は気候変動の影響を受け雨季が長引くものの、例年通り、ダサインとともにその終わりを告げ、 彩り豊かな景色が目を輝かせてくれます。


 ヒンズー教の特徴として、真っ先に挙げられるのは絶対的な経典を持たない土着信仰の民族宗教にあることかと思います。その宗教的思想は部族やカースト間によって何百年、何千年を経て今尚変わらないものとなり、中心となるのは「家族・血縁主義」であり、基本的には、男系によって受け継がれています。また、信仰する神や食する動物が異なる等、部族やカーストにおいて多様な形態を取っていることも特徴と言えるでしょう。そして今年もその季節に合わせて帰省ラッシュとなり、約220万人もの国民が首都カトマンズを離れ、それぞれの故郷に向かったようです。


 信仰の対象として牛を聖視しながらも、水牛を食べる文化があるのも、このダサインに関係します。ヒンズー教はヴィシュヌ神、シヴァ神、ブラフマー神の三大神があるなかで、ダサインはシヴァ神の女神とされるドゥルガによって水牛に変化した阿修羅の退治を祝うお祭りであるため、水牛は邪悪なものとする習わしが現在でも残っているためです。そして、このドゥルガ女神に山羊やアヒル、鶏などが生贄として犠牲にされるものの、その残虐行為が国際社会の批判の的になり、近年自制傾向にあります。これは文化に対する一方的な圧力というものではなく、今や世界各地に「労働者」として点在するネパール人が外国文化から受けた影響と、自国をより格式高い国にしたいというその想いからだと僕は理解しています。

スマートフォン越しに外国にいる孫と話す祖父
 
ネパールでは1990年代前半から約15年にかけて内戦が行われました。ネパール政府とマオイストによる紛争です。マオイストは一時期国土の約8割を掌握していたとされていますが、その数字に対する是非よりも、その内戦期において働き場のない若者の多くは外国に出ざるを得ず、結果として今尚、ネパール人は「労働者」として世界各地にコミュニティを作っており、そんな彼らもこのダサインでは心を故郷に向けます。


 澄んだ空にヒマラヤが覗いた今年のダサイン・メインデーには、幸せと健康を祈願するティカが年長者から授けられ、親は子に、


 そして、世代を超えて孫に、


 夫は妻に、その想いを伝えていきます。そして、この祭事に対する行為が何百年、何千年と連続的に続き、ヒンズー教という民族宗教の土台となります。


 異教徒である僕にも年配者からティカを授けられ、いつでも帰ることの出来る心の「故郷」が出来ました。絶対的な経典のない「家族主義」であるヒンズー教はこのような形で他者を受け入れてくれるのです。

 皆様に少しでも多くの幸せが訪れますように。


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ネパール記目次
(6)紅茶を探し求めて500キロ、マイクロバスの旅(下)
(8)カースト制度とエスニシティの考察(上)宗教の習合

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