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甚大な被害が発生したものの、僕がふと感じたことが一つだけあります。食糧や医薬品を中心とした物資の配給が、物流や政治的事由から大幅に遅延しているにも関わらず、被災者による略奪行為が殆ど起きなかったということ。これは後に起きるインドによる経済封鎖において石油が輸入されてこないなか、その限られた配給に市民が正しく並ぶ姿にも重なります。ネパールという国は宗教的文化的民族的由来から、ある一定の「秩序・統制」が図られているのではないか、というこれまでの経験に基づく推測であり、その一部にカースト制度と民族間コミュニティによるポジティブな影響があるのではないかと思っています。
幸せを願う五色旗「タルチョ」、仏教由来の文化が首都カトマンズで見られます |
ネパールではヒンズー教徒の「バフン(司祭・僧侶)」、「チェトリ(王族・武士)」が上位カーストとなり、カトマンズ盆地を中心に仏教を信仰する「ネワール族」が優位民族となります。そして、この「バフン」「チェトリ」「ネワール」による社会支配が進み、前者は主にネパール広域による政治体制、後者は主に首都カトマンズでの経済環境で多くの影響を及ぼし、人口構造比では合計約4割にしか過ぎないこの三集団が、国家公務員の殆どを占めています。特に人口比率では約5%のネワール族が持つネパール経済への影響は計り知れず、彼らはインドとの交易業務を行う中心民族となります。それは何故か。カトマンズに高度な都市文明を築いたマッラ王朝の民族という歴史的理由のみならず、カースト制度が関係してきます。
周囲を標高2,500~3,000mの山々に囲まれた、ネワール族の居住地「カトマンズ盆地」 |
カーストの身分制度自体は変わらないものの、その身分が社会において果たす役割が時代とともに変化するためです。主に仏教を信仰するネワール族もまたネパールにおいてはヒンズー教の影響を受け、独自のカーストを持ったうえで、ヒンズー教のカーストに組み込まれることがあります。「商人」であるネワール族は「バフン」「チェトリ」に継ぐ第三カーストに該当するも、現代社会においては、この「商人」に該当するカーストの社会的地位が高まっています。これが逆の事象で社会問題化したのが、今年春先、印ハリヤナ州で起きた「ジャート族」の暴動。主に「農民」のカーストであるジャート族は商人と同じ第三カーストに位置付けられるものの、農民の社会的地位が低まった結果、貧困となり、政府がアウトカースト・ダリット(不可触民)を教育機関の入学や公務員採用で厚遇するOBCと呼ばれる制度を「ジャート族」にも適用させることを求めました。カースト制度自体は変わらないものの、ヒンズー教圏においては、その現代社会における階級の確認が必要となります。
カトマンズで見られる職業カーストが働く光景 |
一方、現代社会において変わらないものとして挙げられるのは、アウトカースト・ダリットに対する抑圧的な社会構造。その主な職業に、皮革、屠畜、清掃等があり、職業カーストと呼ばれ、それは出自において定まっています。物乞いの殆どは不可触民であり、なかには手足がなく、見るにも耐えない残酷な姿をしている者もいます。また男女格差や識字率の低さは深刻で、特に後者は南アジア最低レベルの数字となっており、これは、特筆すべき資源がなく、また地理的条件から経済的に貧困であり、学校に通えない子供が多く存在するからでしょう。国民による幅広いマオイストへの支持というのはこれら大小様々な不平等社会に起因し、抑圧的な社会からの解放を求めました。男女格差については、招待された食事の席で男性が常に先に食事を済まし、その間、女性は給仕に徹する光景を見るたびに痛感し、一方、それを違和感なく受け入れ、文化の尊重と、女性に対し、日本と同等の考え方を要求しないよう細心の注意を払う必要があります。
英語を話す現地の小学校低学年の生徒 |
カースト制度については多くの外国人を苦しめるものになるでしょう。それは歴史とともに構造の変化が行われ、また、地域やコミュニティによってその在り方が異なります。近年、下位カーストでも富裕層が出現しておりますが、確率論では引き続き低く、王権を中心に見た支配・被支配の構造が社会において普遍的な役割を維持しています。それは民族によって階級が変わってくるものでもあり、そのなかで多民族は一つの国家で共存し合っています。一方、2006年の内戦終了から約10年が経過したいま、この国に平和が訪れ始めています。内戦に苦しんだ世代は自分たちの子供により良い教育機会を与えようと努力をし、子供たちは小さい頃から必死に英語を学んでいます。親の仕事を手伝っている貧困層の子供でもその合間に英語のテキストを開き、宿題をしています。充分ではないものの、ネパールという国に「教育」という概念が幅広く普及しつつあるのを見ると、それは「自由」と「選択」を与える新しい国家に変わっていくのではないかという期待を僕に抱かせてくれます。
尚、本記、カースト制度とエスニシティの考察(上)~(下)については、あくまで筆者独自の見解となること、予めご了承願います。
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ネパール記目次
(9)カースト制度とエスニシティの考察(中)対印関係の歴史
(終)「レクサス」と「オリーブの木」のど真ん中を駆け抜けて
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