2016/10/26

ネパール記(8)カースト制度とエスニシティの考察(上)宗教の習合

 2007年の春、ネパール駐在を迎える前にクライアントであるボスとともに臨んだ採用面接を今でも良く思い出します。カトマンズ大学の成績優秀者20名を面接し、15名を採用する作業。一人当たり30分×20人の10時間を僅か一日でやり切るという過酷な内容。当時のネパールは約15年近く続いた「人民戦争」の内戦が終了した翌年。衆愚政治に走る国王側とそれを解放する「マオイスト」による抗戦であり、一説では国土の約8割を掌握したとされています。マオイストはカースト制度からの「解放」も合わせて謳っており、それは経済の自立が困難であり、貧困に喘ぐ当時のネパールの国民の大多数の支持を得ていたのであろう、と今になって思います。そして、当時のマオイスト側の指導者が現在のネパールの首相プラチャンダ氏となります。

仕事の手伝いの合間に勉強する現地の小学生

 カースト制度というのは何なのか。この国に関わるようになってから、幾度も考えました。そして、ようやくその最初の答えが分かってきたような気がします。それは「ネパール人が思っている以上に社会において機能しているヒンズー教由来の身分制度」であり、且つ、「家族主義のなかで数百年数千年続く古来のコミュニティ」であるということ。例えばダサインのような祭事でそれらは次の世代に引き継がれます。カースト制度は「バラモン(司祭・僧侶)」、「クシャトリア(王族・武士)」、「バイシア(平民)」、「シュードラ(隷属)」となり、このカーストに入ることの出来ない身分を「ダリット(不可触民)」と呼びます。制度面では同じであるものの、ネパールでは前者二つを「バフン」「チェトリ」と呼び、それぞれ上位カーストに当たります。

ネパール南部では印デリーがその圏内に入って来ます

 カースト制度が非常に分かり難いのは主に二点。一つ目は身分制度の上位下位は長年の歴史のなかで決められたものであり、明確に定まっているものではないということ。二つ目はカーストの比較が厳密に出来るのは同一民族内であり、民族にも優劣(支配被支配)があるため、同じカーストでも民族が異なると社会において果たす役割が変わってくるということ。エスニシティはカースト制度のなかに組み込まれて議論がされがちですが、基本的には似て非なるものです。特にネパールにおいては、数十の民族が有るなかで、その系統として、南部は「インド・アーリア系」、北部は「チベット系」となっており、後者が信仰する主な宗教は、本来「カースト制度」が存在しないはずの仏教です。しかし、数百年の歴史を経て、仏教はヒンズー教の影響を受け、カースト制度が一部存在。その習合がこの国の特徴となり、固有の文化と言えるでしょう。

南部ではインドルピーの流通も盛んです

 幾つか事例を出します。ヒンズー教徒にとってアルコールの摂取は「宗教上禁忌行為」に近く(酔った状態では、肉の種類の判断が付かなくなるためという諸説あり)、子は親の前で、女性は男性の前でお酒を飲むことはまずありません。この傾向は特に南部で強まります。しかし、本来、アルコールを愉しむ仏教徒においても「禁忌行為」と取る民族があり、これは宗教由来ではなく、ヒンズー教の影響を受けた「文化由来」となります。また「チベット系」の民族が必ずしも仏教を信仰しているとは限りません。ヒンズー教に改宗した民族もあり、また同一民族のなかで住む場所や属しているコミュニティによって「ヒンズー教徒」と「仏教徒」に分かれる場合があります。ヒンズー教の祭事である「ダサイン」を祝う「仏教徒」もおり、その姿かたちは一つの物差しでは決して図ることの出来ない複雑さを持ち合わせています。

ダサイン後、帰省でごった返すバスのなか

 但し、「ヒンズー教」と「仏教」が習合するこのネパールにおいて、共通の文化が三つあります。一つ目は男系を中心とした「家族主義」であること。特に目上の者や男性に対する敬いの精神はとても強く、このような精神は社会において上位下位を作りやすくします。二つ目は同一カーストや同一エスニシティでグループを作ることが多く、それを超えたコミュニケーションが極めて少ないということ。例えば僕を媒介にしてそれぞれ別のカーストやエスニシティは交流はしますが、不在の場合の直接のコミュニケーションを避ける傾向にあります。三つ目は、「階級意識」がとても強く、上位の下位に対する支配意識だけではなく、中位の下位に対するものも存在するということ。これが文中、「ネパール人が思っている以上に機能しているヒンズー教由来の身分制度」と綴ったその理由となり、カースト制度に影響され、エスニシティでも同様の考え方が存在します。この三つに関してはインドと比較的同じものになり、絶対的経典を持たない土着信仰であるヒンズー教の強さと言えます。

南部ではこのようにインドとの国境線が目の前にあります

 周りの日本人に事業上、最大の障害を頻繁に聞かれますが、僕は迷わず「カースト制度」と「エスニシティ」を挙げており、正しく受け入れるためにも、歴史や文化、宗教、民族、これらの理解は必要不可欠となるでしょう。


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ネパール記目次
(7)雨季の終わりを告げるダサインと家族の宗教的価値
(9)カースト制度とエスニシティの考察(中)対印関係の歴史

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