2016/12/30

手綱引かれる南アジア(上)歴史考察とカシミール問題

 ヒマラヤ山脈を切り開き、チベットと新疆ウイグル自治区から、前者はネパールを後者はカシミール地方を経由し、インド洋に出る鉄道が建設される。バングラデシュとミャンマーの国境がシームレスになり、東南アジアと経済回廊で接続され中国と合わせて人口30億人マーケットが誕生する。中央アジアからのエネルギー・パイプラインがアフガニスタンを経由し印パに届き、同時にインフラが整備される。スリランカは港湾開発が積極的に行われ、東アフリカや中東にもリーチ可能な第二のシンガポールになる。大半が現段階で工事着工、予算承認、プロジェクト合意の状況となっており、これが10年、20年後に描かれている南アジアの未来予想図となります。そして、これらの実現可能性は中国の「一帯一路」構想とロシアのエネルギー政策に大きく依存する形となり、南アジアは単体の地域経済圏として生き残ることは困難であると考えています。

 マレーシアのマハティール氏、シンガポールのリー・クアンユー氏等、強烈なリーダーシップを発揮することで、1997年のアジア通貨危機からの回復、そしてASEANという経済地域の発展的成長、アジアのみならず、いままさに世界経済のエンジンとなりつつ有る東南アジアとは異なり、南アジアは17世紀、イギリス東インド会社の統治から始まる英国の植民地政策の影響を今尚、色濃く受けています。1947年、英国はイギリス領インド帝国(以下、「英印」)の解体に合わせて、英印にあった500以上の藩王国に対して、インド若しくはパキスタンどちらかへの帰属を求めることになりました。その両国は「印パ戦争」という形で激しく軍事衝突し、1971年の第三次印パ戦争は、「東パキスタンの独立」、すなわちバングラデシュ国の誕生に繋がり、核保有を行いながら、印パは軍事的に強く牽制し合っています。

 印パ以外にも多くの内戦、民族紛争の歴史を南アジアでは見ることが出来ます。記憶に新しいところでは、1980年代に始まったスリランカでの内戦。北部のタミル人に対し抑圧的な政策を取ったスリランカ政府との間で激しい衝突が約20年以上あり、特に内戦が激しくなった2000年代では当時の大統領ラージャパクサ政権と距離が近い中国の支援を受け、両国の関係は緊密となりました。結果として中国はコロンボの港湾開発を一括受注し、「一帯一路」構想下、スリランカはインド洋における最重要拠点となっています。ネパールでも同様、1990年代から10年以上の内戦があり、市民側を指揮した中国共産党毛沢東主義派である「マオイスト」からは「人民戦争」と呼ばれ、ネパールの現政権はマオイストのプラチャンダ氏であることから今尚、中国の強い影響を受けています。2015年9月から五ヶ月間に亘って行われたインドによる経済封鎖においては、石油ガスの提供と開港の協定が締結され、中国による対ネパール投資が加速されました。

 域内総人口17億人、うち12.5億人をインドが占める南アジアでは脱インド依存が予てから積極的に行われております。実質、インドの保護国下にあるブータンを除き、バングラデシュパキスタンスリランカネパールモルディブでは既に最大の貿易パートナーが中国になっており、また南アジアの域内経済協力協定であるSAARCに最後に加盟したアフガニスタンも中央アジアと接続される唯一の南アジアであり、且つ新疆ウイグル自治区に隣接される国であることから近年、ロシア・中国との経済連携を強化しています。各国の経済状況に関しては、世界銀行の「南アジアが世界一の急成長地域に 成長持続には民間投資の喚起が必要」を参照して頂きたいが、内需をより重視することで保護貿易に傾倒し、且つ南アジアの構成国に対して平等外交を行わないインドに対し、開発ドナー国として構成国への影響力を高める中国、そして人口増大伴うエネルギー不足が印パ内で危惧されるなかで、その供給源となるロシアによる二国によって、この地域の未来は支配されていると言っても過言では有りません。

 南アジアの紛争の歴史はヒマラヤ山脈麓、印パにまたがる地域であるカシミールに集約されるでしょう。英印の解体に伴い、インドに帰属したカシミール藩王国は王がヒンズー教徒、国民がイスラム教徒となり、宗教上のねじれが生じたままいまのカシミール紛争に繋がっています。特に、インドの実効支配が続く「ジャンム・カシミール州」では国境沿いでパキスタンとの数多くの軍事衝突が起きており、特に今年はカシミールの分離独立組織の青年ワニ氏の殺害に起因する衝突は2008年以来、最大の死者を生みました。イスラム過激派やカシミール分離独立派によるテロ活動が終わることは有りませんが、核の行使に繋がる「第四次印パ戦争」は起こることはないと言って良いでしょう。南アジアは中国とロシアによって手綱が引かれているためです。それはカシミール地域を通過し、インド洋に出る中国・パキスタン経済回廊CPECも例外では有りません。